もぬけの息吹

AiRK Research Project vol.1

Art 2023
 冠婚葬祭の四文字は、いずれもが人生の節目、および死後の扱われ方をさしており、人間が生まれてから死ぬまで、および死んだあとに家族や親族の間で行われる行事全般をさしている。そのいずれも、思い浮かぶのは「涙」だ。

 作品の中に浮かんでいるのは私が以前個人的に購入したおおよそ100年前のイギリスのアンティークのウェディングドレスだ。そしてその空間を支えているのが、これもおおよそ100年前のイギリスの葬儀の際に使うストレッチャーである。何人の花嫁がそのドレスに腕を通し、何人の死者がそのストレッチャーに乗っただろうか。そして、彼、彼女たちを囲んだであろう多くの人々の涙の総量はどのくらいだろう。

 涙には色々な種類があり、特にこの「喜び」や「悲しみ」といった感情が動いた時の涙は、ヒト特有のものであるとされている。「情動性分泌」と呼ばれる涙は、他の動物には見られない。この冠婚葬祭の主人公たる誰かが、人体、物質としてこの世に存在するという状態は冠婚葬祭のあいだ、変わらない。けれども人は涙する。その涙の本当の理由は、私たちの目には見えない「大きな存在の変化」を感じているからに他ならない。物質的に変化がなくとも、我々は常に変化の大海原にいることを心のどこかで知っている。喜びも、悲しみも、大きな心の動きがあれば、ある種の「ストレス」として人に涙を流させる。その「変化する存在」とは一体なんなのだろうか?
 水槽の中にはクラゲのように、体が抜け落ちたウェディングドレスが浮かんでいる。まさに「もぬけの殻」。調べてみると「もぬく」という動詞があり、抜けて外に出る、脱するという意味で、古くは平安時代の万葉集でも使われていた。この言葉には「なにも無い」ということより「かつてここに何かが在った」ということが強調されている。この水槽の中には、花嫁たちと死者たちがい上にも重なりあいながらもぬけている。部屋に西日が差し込み、埃がキラキラと舞う時、はじめてそこに空間があるのだと認識するように、目で見ることのできない「もぬけている」その状態を、認識するためにこの装置は制作された。一つのドレスの殻に、風があたり、光があたり、そしてそこへ微生物や埃、祝福のシャワーのような粒子が空気中にきらめき踊る。

 私たちが、死を涙なしで受け入れることはおそらくできないのだろう。でも、もぬけがたゆたうこの水槽を見つめていれば、物質と精神は決して分離しているのではなく、たとえば細やかな霧の一粒くらいの大きさで、ささやき合い、混じり合い、すれ違っているのを感じる。アクチュアルに存在する人類の歴史のかさぶたのようなドレスとストレッチャーという物質に、見たことのないきらめきが、まるで物質を溶かすように行き交う。ノアの箱舟が、嵐の中にいるとき、外はありとあらゆる騒音や叫びがあまりにけたたましく、逆に静けさを保っていたときく。この水槽にあるのも、ただの穏やかな凪の海ではないだろう。しかし、早すぎてゆっくりみえるようなこの荒波の粒子のうごきに、希望と絶望が手を取り合い、どんな別れさえも祝福できそうな気持ちになる。そのとき、人はどんな涙を流すのだろう。
Period
2023
Work for
AiRK Research Project vol.1「北野光遊浴」出展作品
Location
Kobe, Japan
Category
Art Project
Team
artist|Saya Kubota + xorium
director|Eiji Uozumi